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 そこは日本昔話の舞台。いや、もっともっと遠い時代に迷い込んだかのようだ…。
 徳島市から秘境祖谷地方を目指し、吉野川とほぼ並行して走るJR徳島線で四国山地の最深部へ。車窓からは時折、清流吉野川が見えるが、それはまだ前座。阿波池田駅で土讃線に乗り換えた直後から、眺望は絶景へと変わる。いよいよ秘境への入り口だ。

過酷さゆえの絶景、大歩危小歩危(おおぼけこぼけ)

 国道32号を高知方面へ。祖谷口あたりから急に空が狭くなったように思えたのは、のしかかるように深く切れ込んだV字谷のせいだった。さっきまで悠然と流れていた川幅は狭まり、翡 翠色の淵と激流が繰り返される。吉野川観光のハイライト、大歩危・小歩危だ。大歩危峡には、約5kmにわたって青灰色の奇岩巨岩が連なる。新緑の間から鮮やかなツツジの花が顔をのぞかせる陽春、両岸が紅葉に縁どられる錦秋は、また格別。
 さらに下流3kmにある小歩危峡では、龍がのたうつように蛇行する急流が、 岩を穿つ。付近は知る人ぞ知るラフティングの好ポイントでもある。こんな剥き出しの自然のさらに奥に、人々の営みがあるとは想像し難しい。だが、折重なる山々や急峻な崖、引き込まれるように深い淵を右に左に見ながら、山道は続く。のどかさとは無縁の過酷な環境を地元の人々 は妖怪に見立て、危険な場所への立ち入りを戒め、自然を畏怖した。山の民の生きる知恵が、この地に子泣き爺をはじめ数々の妖怪伝説を生んだといわれている。

【動画】大歩危観光遊覧船

平家哀話が今に息づく土地

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すでに川筋は本流吉野川から離れ、支流の祖谷川を辿っている。一帯は平家落人の里、祖谷である。
伝承によると、1185年屋島の戦いに敗れた平国盛は安徳天皇を奉じ、手勢百余騎を率いてこの地に辿り着き、祖谷を永住の地と定めた。命からがらの逃避行の末路とはいえ、華やかな都の暮らしから一転、ひっそりと息を詰めて山奥に潜んだ。彼らの失意を支えたのは、平家再興の夢ではないだろうか。最も祖谷らしい風景の一つ、東祖谷の二重かずら橋は、平家一族が決起する日に備えて、武芸の訓練をする馬場に通うために架けられた橋といわれている。かずらで編まれたのは、追手が来たときにいつでも切り落とせるようにという配慮だった。しかし、その夢は叶えられないまま、橋だけが何度も架け替えられ、今に伝わっている。

【動画】奥祖谷二重かずら橋

 【動画】祖谷のかずら橋

天空へと続く里山風景

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うねうねと曲がりくねった山道から、さらに毛細血管のように延びた道が、山間の小さな集落に通じている。だが、標高1500mを超える山々の間を縫う道からは、行く手が想像できない。  突然、視界が開けた。そこに見えたのは、思いもよらない壮大な天空集落であった。  標高差390mの南向きの急斜面にへばりつくように約70軒の民家が集まる落合集落だ。建物の多くは江戸中期から後期にかけて建てられ、切り開いた斜面に石を積み、家や畑を築いたと いう。途方もない労力をかけた汗の結晶は、2005年重要伝統的建造物群保存地区に選定された。ここが秘境旅の終着地。最果てと思われた地は、じんわりと温かく懐かしかった。これが日本の原風景というのだろう。

【動画】落合集落

秘境旅 二つのくつろぎ方

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秘境のいで湯でまったり。

深山幽谷に立ち上る温泉の湯気が、風情たっぷり。大歩危(単純硫黄泉)、祖谷(アルカリ性 単純硫黄温泉)、新祖谷(単純硫黄泉)に源泉を持つ大歩危・祖谷温泉郷。平家の隠れ里にふさわしい深い渓谷 に包まれ、秘湯ムード満点の個性あふれる宿が点在する。

問い合わせ先/三好市観光協会 0120-404-344

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天空の郷で茅葺き民家に泊まる。

こんなところに泊まって見たかった、という人続出。山の急斜面に広がる日本の原風景・落合集落に伝わる茅葺きの古民家を再生した宿泊施設。モダンで使い勝手の良い設備のもと、憧れの古民家暮らしが手軽に体験できる。

問い合わせ先/桃源郷租谷の山里 0883-88-5120

体験する!

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 県西部は、古くから厳しい自然と対峙してきた秘境で暮らす伝統・文化を継承しており、平家の一族が隠れ住んだという伝説や史跡が残る、まさに神秘の日本の原風景です。にし阿波の伝統と文化が織りなす豊かな時間と空間を体験するには…

お問い合わせ先
一般社団法人 そらの郷 TEL 0883-76-0713

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